終戦記念日 ― 2012/08/15 20:29
お盆ということでやっぱり電車は空いてます。帰りも座れましたし、通勤は楽チンですね。引っ越しの予定を決めましたが、ということはこの通勤経路もあと1ヶ月ちょっとと言うことになります。味わって?通うことにしましょう(笑)
さて8月も真ん中の折り返し。今日は終戦記念日です。思えば、自分が小さい頃はこの時期、やっぱり終戦記念日なんだなぁ‥と感じた記憶があります。それがいまは正直言って感覚が薄れてきてます。自分の感覚が鈍ってきたのか、もしくは単純に記憶が薄れてきたということなのでしょうか。もちろん自分が直接戦争を知ってる訳ではないですが、その当時は戦争に行った方がまだまだ存命だったこともあるのかもしれません。でも、そういう体験談を直接多く聞いたわけではないです。ちなみに、自分がそんな風に思った時期というのは1970年台後半頃のことですかね。
冷静に考えると、それは30年以上前のことですが、その頃のことは自分には明確な記憶として残ってます。でも、何と言うかずいぶん昔のような、でも逆についこの前のようなそんな不思議な感覚があります。
そしてそう思うと、その当時(70年代後半)にいまの自分くらい(40~50くらい)の年齢の方にとっては、あの戦争はまだまだ鮮明な記憶・体験の連続性のさなかにあったのかなとも思うのです。なにせ70年代後半から30数年さかのぼれば、まだ戦争中なのですから。と言うことは、あの当時の方たちにとっては、いまの自分がその頃のことを思い出す時間・距離感覚で現実に戦争中であった頃を思い出すのだろうと思うと、何か恐ろしささえ感じてしまいます。
いまこうやって自分が終戦記念日のことについて、感覚的に鈍感になっているのは、やはり平和ボケしている部分もあるのかも知れません。ましてや自分の子供たちの世代になればなおさらです。いまの日本史の教科書では「昭和時代」と、昭和に「時代」という単語がついているんですよね。いまの子供たちにとって太平洋戦争を思う感覚は、自分が子供の頃、日清・日露戦争を思うくらいの距離感なのかも知れません。
平和のありがたさを考えながら徒然なるままに思ったことでした。
さて8月も真ん中の折り返し。今日は終戦記念日です。思えば、自分が小さい頃はこの時期、やっぱり終戦記念日なんだなぁ‥と感じた記憶があります。それがいまは正直言って感覚が薄れてきてます。自分の感覚が鈍ってきたのか、もしくは単純に記憶が薄れてきたということなのでしょうか。もちろん自分が直接戦争を知ってる訳ではないですが、その当時は戦争に行った方がまだまだ存命だったこともあるのかもしれません。でも、そういう体験談を直接多く聞いたわけではないです。ちなみに、自分がそんな風に思った時期というのは1970年台後半頃のことですかね。
冷静に考えると、それは30年以上前のことですが、その頃のことは自分には明確な記憶として残ってます。でも、何と言うかずいぶん昔のような、でも逆についこの前のようなそんな不思議な感覚があります。
そしてそう思うと、その当時(70年代後半)にいまの自分くらい(40~50くらい)の年齢の方にとっては、あの戦争はまだまだ鮮明な記憶・体験の連続性のさなかにあったのかなとも思うのです。なにせ70年代後半から30数年さかのぼれば、まだ戦争中なのですから。と言うことは、あの当時の方たちにとっては、いまの自分がその頃のことを思い出す時間・距離感覚で現実に戦争中であった頃を思い出すのだろうと思うと、何か恐ろしささえ感じてしまいます。
いまこうやって自分が終戦記念日のことについて、感覚的に鈍感になっているのは、やはり平和ボケしている部分もあるのかも知れません。ましてや自分の子供たちの世代になればなおさらです。いまの日本史の教科書では「昭和時代」と、昭和に「時代」という単語がついているんですよね。いまの子供たちにとって太平洋戦争を思う感覚は、自分が子供の頃、日清・日露戦争を思うくらいの距離感なのかも知れません。
平和のありがたさを考えながら徒然なるままに思ったことでした。
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